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逆縁婚

ふく郎氏の従姉のお宅の御弔いが終わった。

従姉と亡くなったご主人は所謂逆縁婚の夫婦、
早くに連れ合いを病気で亡くし、
親戚一同協議の末、義弟との再婚が決められた。

本人の意思など二の次、家が何より大事だし、
婚姻とはそもそも個人同士ではなく
家と家との結びつきだったのだから
未亡人となった嫁を実家に戻すわけにもいかず、
残された孫を盛り立てるための
最善の方法がこの逆縁婚と言う事らしい。

私がこちら関東に来て外国に来たように感じたのは
言葉が通じなかっただけでなく、
結婚に関する様々な違和感が付き纏っていたから。

この逆縁婚だけでなく、
見合い結婚以外はふしだらだとされていながら
足入れ婚と言うのもまだ残っていた。

仮祝言だけ挙げて、家に添う嫁かどうかの
お試し婚、気に入らなければ返して良しの
何とも理不尽な形態でそれは到底
理解することが出来なかった。

また、嫁が病気になると治療費は実家持ち、
それは大変な負担だし、健康保険の無かった時代は尚更の事。

実際ふく郎氏の二人の伯母さんは
こちらに帰されて、入院手術の甲斐も無く
二人とも我が家で亡くなったとか。


さすがに最近はそうした悲惨な話は聞かないが
よく考えたら私たち夫婦も古い家の概念の
残滓を引きずっているのかもしれない。

義兄の嫁が気に入らない、と
結果的にいびり出した様なものだし、
長男が家を出ると、スペアとしての次男の当然の務め、
として跡取りとして据えられたのだから。

嫌だ嫌だ、逃げ出したいと思いながら
ズルズルと16年、もう諦めました。


従姉は元気、
「涙出なかったね。」
と言えば
「出たよ、チロッと」
ですって。

一度だけ
「なかなか辛いもんだったよ。」
と逆縁婚について話してくれたことが有ったけれど、
抗う事の出来なかった時代はそんなに遠い昔ではない。

最近の若い人たちの自由さが眩しい現在、
良い時代になって来たとつくづく思う。


きの子


外出から帰ると私について回るスバル、
台所に立つと、こちらで待機、


きの子


厚かった雲も取れ綺麗な夕景に、
明日は天気が良さそうだ。


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彩り

丁度一年前、袋田の滝に遊びに行ったことを思い出していた。

家の周りは綺麗に紅葉していて家にじっとして居るのが勿体なかったから、


きの子


それなのに今年の紅葉はどうも冴えなくて、くすんでいる。


P1060889.jpg


何本かあるモミジの内いくらか増しな一本、
それでも何ともパッとしないなぁ。

世の中が変わってもう9か月、
理不尽続きの毎日で、心に余裕が無く見る目も曇っているかも…



世間の怒りは今、国、東電へ向かわず、福島の農家に向けられ
殺人鬼並みの罵詈雑言を投げつけている。

国、県、JAが耕作を押し勧め、
結果案の定汚染作物が続出している。

3月の事故直後ベクレルやらシーベルトなどの言葉を理解し
物理、原子力工学の知識を持っていた人がどれほどいただろう?
耕作を避けた人には補償をしない、と脅したのは誰?

勿論消費者が汚染された食品を忌避するのには充分な理由があり
そうした行動は当然なのに、その怒りが生産者に向かう。

某学者はオームに例え、福島の農家を攻撃しろと煽り、
他の学者も自分と家族を守るために
『毒』を撒く者を殺しても良いとまで言い放つ。

何だかカオスの世界、世も末かな?


P1060893.jpg


二度と戻らない事故以前の世界
自然の営みは変わらずに見えるけれど
目に見えない汚染だから皆の恐怖の矛先が
手っ取り早い弱い者へと向かう。


P1060896.jpg


皆正気に戻って。

攻撃すべきは国、東電であることを。





三峯信仰

はるばる奥秩父から珍しいお客さんがあった。

三峯神社の禰宜さんで、
分かりづらい我が家まで迷いながらたどり着かれた。

何事?
ご挨拶にって。



どう言うご縁なのかは分からないけれど、
集落揃ってこの神社のお札を頂くのが恒例になっている。

以前は毎年冬の大祭に合わせて参詣の講を組み、
その方達を代表として秩父まで送り出していた。

皆さんは宿坊に泊まり、祈祷を受けてから
お札を授かって来られた。



本来なら地区の役員として
この代表者を選ぶ仕事が有る筈なのに、
最近はシステムが変わって参詣が不要になっている。

お札の代金を取り纏めて振り込めば、
神社から宅急便でお札が届くと言う、
何ともドライなシステム。

昔々は講を組んで秩父まで参詣に行くのは
現代の海外ツァー並みの楽しみだったかも知れないけれど、
世の移ろい、『振込み』に『宅急便』

簡単!便利!と言ってもこれでは余りにも有り難味が・・・
若い世代になれば“お札不要論”も出てくるのでは?
そんなこんなで神社側も顔つなぎが必要なのかも。


きの子


挨拶の品として神社オリジナルの手帳を頂いた。

狼は三峯神社の眷属らしいけれど
リアルすぎて持つのが怖い。

可愛いキャラクターにして貰えれば私も使えるのに。

でもそんな事をすれば益々有り難味がなくなるかなぁ?




『大師講』の終焉

天候不順な今年の春に、桜を楽しめないと嘆いているけれど、
本来なら浮かれていられないはずだった。


IMGP2354.jpg
   (雨に降り込められて退屈な連中)





昨秋、姑が亡くなって一番気掛かりだったのが『大師講』
この講は四月に入ると近隣1市1町1村の寺院が合同で組織して
地域内の各集落を10日間ほどかけて回り、
1年間に亡くなった方の供養をする。

講の人員はだんだん減ってきているがそれでも7~80人ぐらいだろうか?
その方達を公会堂のホールで集落挙げて接待する。

決まりは各戸
1升分のおにぎりを用意する事!。


江戸時代や戦後の混乱期には納得の決まり事でも
今では時代錯誤の感は否めないが、決まりは決まり、
炊き込みご飯、赤飯、いなり寿司、それらに代えてのお菓子等々、
50数軒の我が地区だけでも大量に食べ物を用意する。


供養を受ける家は(今年は我が家が該当)
位牌、酒、米、お布施、戒名を書いた紙88枚等を用意して講の方達を迎える。

読経が終わると我が地区の皆さんによる接待タイム。

勿論、講の方達も食べ切れないので、
皆さん持参の頭陀袋に詰めてお持ち帰りになる。

戒名を書いた紙は講連が引き上げた後に、
地区の皆さんが数箇所の祠や社を回って張って来て下さる。



さぁ、それからが大変。
供養を受けた家は接待のお礼に席を設けるしかない。

煮物、サラダ、漬物、デザート・・・

亡くなられた方が多い年は該当する家が手分けして準備出来るけれど、
今年は我が家1軒、頭を抱えていた。



所が!
講の世話役の高齢化や
参加者の減少で今年から中止に!


何百年も続いた講が終焉を迎えたのだ!
また一つ伝統行事が消えて寂しい・・・はずが、
本音はラッキー!不信心者はタイミングの良さに、ニンマリ。

ご近所の方達も
「良かったね」
と声を掛けて下さる。

と言うことは皆さんも結構負担に感じておられたのだ。




伝統行事が終焉を迎えても誰も惜しむ人がいない。

それだけ信仰心も薄れて来たのだろうが、
元来、田植え前の春の行楽だったのでは?

おもてなし付で近隣を巡るのも、江戸時代なら楽しかっただろうな。








お日待ち

我が地区には三つのお祭りがある。

11月には鎮守の祭り(秋の収穫を祝う)、
不定期にお庚申(おこしん)、
お日待ち


お庚申では農業神を祀り、お日待ちでは火伏せの神を祀る、
そのように聞かされているけれど、この二つはまぁ言えば
村の常会、親睦会の様なものだ。


昨夜開かれたのがお日待ちで
宿として主催する番は回り持ちで
ほぼ20年に1度回ってくる。





宿で用意して頂いた料理。

一応、会費1000円でまかなう建前だけれど
それで収まるわけが無く、準備の大変さから
若い世代に改革と言う名で不要論が出て来だした。

後5年(都合によって4年)したら我が家の番だけれど、
その時にはもしかしたら無くなっているかも知れない。

急速に変化する村事情だけれど
これからの主役は若い世代なのだから
彼ら、彼女らの住み易い環境作りに従うだけ。





こちらに越して来て、すぐに鎮守の祭りの宿として
また続けざまにこのお日待ちの宿として
訳も分からず言われるままに一日中料理作りに追われた事を思い出す。

同居を急かされたのはこの二つの集まりののせいだったのか!
それに気づいたのは全てが終わってからの事で、
本当に後の祭りだった!

祭りの形も夫々、どのように変わっていくのだろうか?







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プロフィール

森野 きの子

Author:森野 きの子
森の木陰でひっそりと生息中
     
森野 ふく郎(ダンナ)
次郎(犬)
スバル(強引に我が家に住み着いた捨て猫)

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